「数学なんて何の役にも立たない!」が口癖になっている高校生がいます。
直接使うことがないから、というのが主張の主旨です。
数学が苦手で、ほんの一時の逃げ口上で発する分には問題ないかと思うのですが、これがその高校生の学びのスタンスだとしたら、一考の余地があります。
直接使わないから不満が出るということは、直接使うもののみであれば不満なく学ぶということでしょうか。
そうだとすると、それは「私には学ぶ意義を見出すことも、学んだことを応用していくつもりもありません」と宣言しているようなものです。
「直接使える」という言葉の定義が「日常生活で活用できる」であれば、高校課程の中で 直接使えるものはほぼ無いに等しい です。(挙げるとすれば家庭科実習でしょうか?)
定義が「ビジネスの現場で活用できる」だったとしても、やはりIT化・AI化が進む社会では 直接使えるものはほとんどありません。
学ぶ内容が「直接使えるか否か」で考えると、高校課程そのものに意義がなくなります。
これは高校課程に限った話ではありません。
直接使えるか否かが学ぶか否かの判断基準になっているとしたら、大半の学びは意義を失います。
この世で真に意義のないものは、淘汰され、消えていきます。
現存するものには、何かしらの意義があるからこそ現存します。
世の中で、学んだことを役立てている人は少なからずいます。
ただ、それは 直接役立てているのではなく、学んだことを応用して、間接的に役立てています。
学んだことを応用して幅を広げようとする姿勢。
これはどんな形にせよ、生きる上で大切なことだと思います。
自身の応用力を育てる機会、ぜひ放棄しないで頂きたいなと思います。
(^^)
新潟の家庭教師
野上